サラエボの歴史


サラエボの歴史は西暦1500年前から始まったそうです。
当時はブトミル文化が盛んでもっとも華やいだ時代だったのではないでしょうか?
ローマ帝国に支配されるようになってからは、他民族が次々にサラエボに来たそうです。
ローマ帝国の統治が終わったと思ったら、今度はオスマン帝国に支配されるのですが、当時のボスニア州の知事をしていたイサコヴィッチという人物のおかげで町がどんどん発展して行ったそうです。

しかし、オーストラリア軍の奇襲によって1600年代の後半で町が焼き払われるという惨事が起こってしまったそうです。
その後も、オーストラリアの支配下に置かれ、ベルリン条約でオーストラリアに併合されてしまいました。
当時はオーストラリア軍はハンガリー帝国と呼ばれていました。

第一次世界大戦の発端となった事件はフェルディナント大公とその妻ゾフィー・ホテクがある青年にピストルで暗殺されてしまった事が発端です。
しかし、その青年もフェルディナント大公とその妻ゾフィー・ホテク暗殺後、自ら命を絶とうと自殺を図りますが取り抑えられ、刑務所で結核を患って亡くなってしまいました。
その後も、内戦や戦争が絶えなかったのですが現在は戦争はなく復興に取り組んでいるようです。